整備日誌 2006年3月編
3月2日
右の写真はネガティブスプリングをおさえているふた。真ん中の穴は写真に写っているシャフトが貫通します。ということはストロークするに従いシャフトはこのふたの内部を摺動します。
前回書いたようにこのフォークはエアサスです。バルブから空気を入れると空気はシャフト内を通り、インナーチューブ内を充填します。だからふたのネジ部にはO−リングがあります。写っていますね。
シャフトは、ふたの内部を摺動するわけですからそこにはちゃんとスライドブッシュが入っています。黒っぽいのが見えますね。
で、ここには当然空気圧がかかるわけですから気密保持のためにO−リングが…O−リングが…ない…
うーん、アメリカンだ(^^;
まだまだ話しは続く。
3月8日
このフォークの特徴としてクライミングモードというものがあります。これは通常120ミリストロークのサスペンションをぐっと縮めてBBハイトを下げ、更にサスペンションの動きを規制するというモードです。
しかもこの機能はすべてダンパー側でおこなわれております。
まず右写真で白いバルブの左側に薄い銀色のシムがあるのがわかるでしょうか?この写真状態ではストロークするとロッドは右方向に動くようになるので、このシムはコンプレッション側のダンピングを司ることになります。リバウンドはそのすぐ左にある小さな穴と金色のシャフトにある穴で制御されています。更に金色のシャフトの中に銀色シャフトがあって、その中にもシャフトがあったりします。ま、あまりくどく書くとかえってわかりづらくなるので割愛します。
さて通常時はこの両穴は通じているのでサスペンションはストロークします。しかしクライミングモードにすると金色の中の銀色シャフトが約90度ほど回ります。と、この通路を閉じます。
通路が閉じるから戻り側は戻りたくても戻れません。が、コンプレッション側は上で説明したように薄いリーフバルブで制御されるだけですので沈むには沈みます。が、戻れないのでストローク量が規制されます。
ところでこの通路、オイルの気密がキモになってきます。気密性が欲しいからそういうところにはO−リングが欲しいわけで、ちゃんとO−リングがあります。が、どう見てもこの通路を閉じる位置にはO−リングがこないようなんですよね。と言うことは、これまた金色シャフトと銀色シャフトとの隙間が気密性保持のキモになるようです。
ま、完璧に回路を閉じてしまうと動かなくなっちゃうし、最近のロックアウトも完璧ロックではなくちょっと動くロックですからそれを狙っているのかも?
3月9日
さてこのフォークはダンパーにエアを加圧するようになっています。これはサスペンションがストロークしたときに沈み込んだシャフトの体積分を吸収するためのエアです。
どういうことかと言うと…たとえばペットボトルに水を目一杯入れます。その状態で指を入れようとすると水がこぼれてきますよね、これはまさしく指の体積分だけ水が出たということです。
サスペンションがストロークするというのはこれとまったく同じ事です。ただサスペンションの場合このようにオイルが漏れてきては困るので、そうならないように体積調整分のエア(もしくは窒素ガス)が封入されています。
液体は非圧縮性流体と呼ばれ、これは圧力をかけても容積が変わらないということ(厳密には若干は変わるのですが)で、気体は圧縮性流体と分別され、これは圧力をかけることで容積が変わることを言います。こうやって空気でその体積変化を吸収してやるのですね。
一応このフォークは単筒式というダンパー形式に分類され、自転車用でも多くのリアサスのダンパーがこういう構造であり、自動車やモーターサイクルに詳しい方であればモノチューブもしくはド・カルボン式と言ってもわかるかも。
ただこのフォークは一点これらと大きく異なる点があります。
通常これらのダンパーにはオイル室と空気室を分けるためのフリーピストンというものがあります。これはオイルに空気が混ざった状態でオイルがオリフィスやシムを通過しても減衰力が抜けてしまうためで(なぜならば空気は圧縮性流体であるから)そうならないようにするためのものですが、このフォークにはそれがないんですよね。こういうところもアメリカンなのだろうか?
でもオープンバス式のサスペンションでも同じ事が実は起こっていたりするのです。だってオープンバス式の場合オイルの上に空気がありますよね、その状態でオフロードをガンガン走ればオイルがシェイクされ空気と混ざりそれがオリフィスやシムを通過すると言うことは…でもそういうサスペンションでもすごく動きのいいやつってありますよね。実際このマベリックもいじってやったらすごく良くなったし。
うーん、サスペンションは難しい。
まだ続く。
3月13日
等と色々書きまくったマベリックフォークですが、実は非常に色々なセッティングができます。
大変見づらい、読みづらいマニュアルですが(^^; セッティングに関しては結構こだわっているみたい。特にコンプレッション側に関してはかなりシビアにセッティングできます。
推奨セッティングはかなり事細かに記されており、ライディングスタイルや体重などにより、ダンパーエアプレッシャー、バルブのシム、オイル粘度、エアスプリングプレッシャー、コイルスプリングレート、などかなりこだわっています。
特にバルブのシムに関してまでシビアに推奨セッティングを記されているフォークなんて、今まで見たことがありません。
右写真はダンパー側をオーバーホールした状態ですが、右端にあるバルブの脇にワッシャー状の円盤が3枚ほどあります。これがシムです。あっ、3月8日の日誌に書いたシムをバラしたのが右写真になりますね。
これの大きさや枚数、バルブの向きなどによってダンピング特性を変えることができます。
うむむむ…
だいたいシムによるダンピングコントロールってのは結構高級な(と言ってよいかな)ダンピング制御でして、それを採用しているというだけでも結構なこと。さらにここまで色々推奨値まで出してくれるとは、なかなかやってくれます。
ただそれには右写真のように全バラにしなければならず面倒ではあります。マニュアルには他社のサスペンションのように難しくはないと書かれてはいますけれど、面倒な物は面倒です
(^^ゞ
それにここまでやるには専用工具も必要だったりするので気軽にと言うわけにはいかないのですが。
さて色々楽しませてくれたマベリックフォークですが、今回ここまでバラすことになったのは、オーナーのKJ氏から「硬くてストロークを有効に使いきれない、ダンピングも効きすぎているようだ」とのリクエストがあったから、そして私もそれを感じたのでリセッティングをすることになったからでした。
当初推奨セッティングからかなり外れた仕様でのセッティングを依頼されたのですが、バラしていくうち、そしてパーツを色々見て、触って考えているうちに、あまりに推奨セッティングから外れるのもどうかな?と思うようになってきました。
でもやはり硬く感じたのは事実で、そこは自分の過去の経験からちょっとだけアレンジして組み上げてみました。ら、まぁ自分で言うのもなんですが、かなりいい動きをしてくれるようになりました。オーナーのKJ氏もこの動きにはかなり満足していただけ、やれば応えてくれるサスペンションなのかなと思った次第です。
3月21日
商品紹介の方でも書きましたが、ちょっと前のロックショックス SID(一部のDUKEも)はコンプレッションダンパーユニットを交換することでモーションコントロール(以下MCと記す)化することができます。
ピュアダンピングシステムを採用するSIDは、登りやダッシュをかけるときなどにロックアウトさせることでボビングをおさえ、コギによるパワーロスを低減させていました。
しかしロックアウトすること自体サスペンションを否定することでもあり、すなわちタイヤが路面から離れることもあり得るわけで、それではブレーキも操舵も効かなくなり何のためのサスペンションなのか?となってしまいます。
ということで登場したのが2005のREBAやPIKEに搭載されたMC。
ロックではなくコギ程度の緩やかな動き程度では”あまり”動かず、しかし強い衝撃が入力されるとブローオフしてスムースにストロークするというのは既に何度も書いてきました。
しかし2005のSIDにMCは搭載されず、2006モデルになってようやくSIDにも搭載されました。
しかしSIDのMCはREBA,PIKEとは外観も中身も構造も異なります。色々いじって考察していくうちに、「さすがはSID、レベルが違う」と思える出来になっております。と言うのを考察していきましょう。
まずは右写真。
かなめであるコンプレッションダンパーユニットを並べてみました。
上がノーマルなピュアダンピングシステム、下がMCです。ま、この写真ではあまり大きな違いはわかりませんが、REBA,PIKEのMCとはまったく異なるのは一目瞭然ですね。
通常はこのままインストールする事になるわけですが、今回はオーナーのYMNKC氏から「是非これを考察して欲しい」とのリクエストがあり(個人的にも興味は大ありだし)、バラしても良いと承諾いただきましたのでやっちゃいました(^^;
そしてやればやるほど、考えれば考えるほど興味深いというか、凝っているというか、金かけているなぁと感じられます。
ってのをもっともっと掘り下げていきましょう、次回は。
3月24日
ではまず肝心のモーションコントロール部をバラしたものを見てみましょう。
外した心臓部。 これはクローズ状態。通常状態ですね。 |
こちらはモーションコントロールバルブがオープンになった状態。バルブがリフトしているのがわかるかと思われます。 |
大きな衝撃が加わってバルブがリフトしてブローオフするのはREBAやPIKEと同じ。しかしあちらはスプリングチューブという樹脂のちくわのようなものがたわむことでバルブを押し下げブローするのに対し、こちらはアイソレートクッションという黒いウレタン?のようなものがたわむことでバルブを開きます。 |
バラした心臓部です。 |
重要な部分のアップ。 左から順にバルブ、下オリフィス、アイソレートクッション、上オリフィスと呼びましょう。 |
どうでしょう?REBAやPIKEの”赤いちくわ”と比べると随分凝った作りになっているのがわかるかと思われます。
では次回はこれらの部品をもっと詳細に見ていきましょう。
3月25日
上オリフィスです。 この穴で流量を規制しダンパー効果を生みます。 |
バルブと言えばバルブなんだけど流量を司る、ある意味一番大事な物かもしれないパーツ。 大きな衝撃があった場合、これがリフトしてモーションコントロールを解除します。 また下オリフィスのレールとなる部分でもあります。 3時の位置にちょっとした突起があります。これがミソ。 |
フォークトップにあるモーションコントロールレバーをオープンにした状態。 バルブの隙間が広めです。 |
こちらはレバーを閉じた(ロック側にした)状態。 隙間が狭くなっているのがわかるかと思います。 |
3月27日
上オリフィスを外し上から見た写真。アイソレートクッションの中に下オリフィスが見えます。 |
こちらは下オリフィスを外し、下側からアイソレートクッションを見た写真。中に上オリフィスが見えます。 |
先日の写真でMCレバーを開閉したときのすきまが広いだ、狭いだ等と書きましたが、ここで注目すべきはすきまではありません。すきまが変わる=リフト量が変わるということで、オイルの流入量が変わると同時にブローオフするタイミングも変わるということです。 |
|
これは下オリフィスを下から見た写真。 外周部をよーく見ると螺旋状になっているのがわかります。12時のあたりは顕著です。 しかも”らせん”が単純な形状ではないのもポイント。 たしか流量は面積に比例し、流速の2乗に比例する(自信なし)と記憶しております。ので単純な”らせん”だと流量コントロールが難しくなります。 3枚上の右写真の突起がこの”らせん”をなぞるから、レバーを回すとバルブのリフト量が微妙に変わりオイルの流量が変わります。 REBAは窓の面積を変えて流量を規制していたのに対し、こちらはバルブとオリフィスの上下方向の隙間を変えて(もちろん窓の面積も変わりますが)流量をコントロールしています。 さらに前者は窓の広さのみでダンピングコントロールしているのに対し、後者はちゃんと小さなオリフィスでオイルの流れをコントロールしています。 どちらが流体的に考えて優れているか、一目瞭然ですね。 REBA等に比べもっとセンシティブで過渡特性も微妙にコントロールできるのではと思われます。 |
さて以上はあくまでも流量コントロールの話しだけ。いわゆる普通のダンパーの話し。
モーションコントロールとしての機能はあくまでもアイソレートクッションがたわむことで制御されます。
REBAなどのモーションコントロールと同じくこのアイソレートクッションがたわむことで完全なロックアウトではなく、ちょっと動くロックアウトになります。そしてもっと大きな衝撃が入力されるともっとたわむので、そうすると下オリフィスが上に移動します。そうすると下バルブとオリフィスの隙間はもっと増えブローするんですね。
便宜上「バルブがリフトして…」と書きましたが厳密にはバルブは動かず、下オリフィスが上にリフトするんですね。
もちろんブローするタイミングは金色のフラッドゲートバルブを回すことで、どの程度たわんだらブローするか調整できます。
なおアイソレートクッションはとても硬く、手で押したくらいでは全然たわませることはできませんでした。
それにしてもアルミの削り出し部品で構成されています。結構お金かかっています。REBAの「赤いちくわ」より随分コストかかっていますね。
また今回の話しには出てきませんでしたが、リバウンドダンパーもREBA&PIKEとは異なり、高級な積層シムタイプのダンパーになっております。
やっぱSIDはスペシャルなサスペンションかもしれない。
なお、SIDのMCユニットに付いている長いスプリングについて、あれがサスペンションとしてのバネやコンプレッションダンピングに影響すると思っている方(プロでさえも。ここで言うプロとは自転車屋のこと)がいらっしゃりますが、あれは基本的にインナーがアウターに入り込んだときの容積調整用のもので、サスペンションの動きには特に影響しません。ま、厳密に言えば影響はするのですけど。
SIDにおかれましては、軽量XCサスペンションなのでここをエアスプリングにして更なる軽量化を目指して欲しいものであります。